東急

NorifumiIkeda

プロジェクトに、プロデュース力を。

池田 典史鉄道事業本部 工務部 施設課 兼 事業推進部 プロジェクトチーム 主事
2009年新卒入社 都市環境科学研究科 都市システム科学専攻
※所属・業務内容は取材当時のものです。

2013年3月16日。東急東横線・渋谷駅が地下化された。渋谷駅~代官山駅間の線路の地下化切替工事にかかったのは、たったの3時間半。終電と始発の合間だけで完了させた早業が大きな注目を集め、作業の模様が収められた動画はYouTubeで215万回以上再生されている。

このプロジェクトに、入社2年目の2010年から関わっていたのが池田だ。その時点ですでに、2012年度に副都心線との相互直通運転開始がセットされていた。地下化の大きな理由はふたつ。ひとつは、東京メトロ副都心線との直通運転による利便性向上。もうひとつは渋谷の再開発。地上の駅が地下へ移ることで、新たに活用できるスペースを創出する。しかし、期日通りに事が運ばなければ再開発計画もろともスケジュールは大幅に遅れる。責任重大。切り替え当日までに、ホームの延伸、街の回遊性を高める駅ビルや地下広場との接続出入口や新しい改札口の設置など、すべて完璧に済ませておかなければならない。

当初はこれらの工事に2年は充てる見込みだったが、事情が変わった。営業走行前に、運転士のトレーニング等の安全に運行をするための訓練を実地で行う時間をしっかりと確保したいという話が持ち上がったからだ。そのためには国交省による完了検査を前倒ししなければならず、工期は1年半に短縮。2年あったうちの半年が消えたのだから大きい。「絶対に無理です」。設計会社・施工会社はそう口を揃えた。そこをどうにか。頼み込むだけではなく、池田はプロジェクト・マネージャーとして具体的に解決策を示そうとした。「なぜ無理なのか」をリストにし、ひとつひとつ答えを探す。たとえば、他の部署の工事の足場を共有させてもらい、設置と撤去の時間を浮かせる。1つの部屋内をエリア分けして一日で複数の工種の作業を実施する等々そんな地道な積み重ね。知識も経験もまだまだだった池田は、社内外問わず、さまざまな人を質問攻めにしながら東奔西走した。必死だった。

「入社2年目がいるような場じゃなかったかもしれませんね」。池田は振り返って苦笑する。「でも、わかってないからこそぶつかっていけたと言うか、がむしゃらになれたと言うか。あのプロジェクトのおかげで、成長できた部分がたくさんあります」。上司による的確な支えもあった。「うまくいってない時こそ、俺たちの出番だからな」。それが上司の口ぐせ。施工会社同士で作業がかち合い、どちらも引けなくなった時、間に入れるのは東急電鉄の池田しかいない。そんな場面で、誰もがうなずく落としどころをどうやって見つけるか。ただ技術のことだけではなく、仕事の機微まで教わった。

その日を、池田は渋谷駅で迎えた。一番列車が滑り込んできた瞬間、緊張が一気に解けて放心状態になった。徹夜明けだったが、会社の仲間たちと朝9時から飲みに行った。この日だけではない。プロジェクトに関わったさまざまな人たちと、何度も打ち上げをした。「自分の仕事はプロデューサーに近いのかもしれない」と池田は言う。
「プロジェクトで関わる、たくさんの人たち。その一人ひとりから輝きを引き出し、つなげていく。それがうまくいくかどうかで、プロジェクトの成否も決まる」。

池田は今、横浜と伊豆をつなぐ観光列車「THE ROYAL EXPRESS」に携わっている。伊豆という土地は、東急株式会社創業者・五島慶太との縁も深い。だからこそ思い入れは強く、地域活性化の起爆剤として地元の期待も集めているプロジェクトだ。施設づくりだけではなく、運営や収支管理まで任されている分、池田の「プロデューサー」としての腕はますます問われる。「力不足を痛感中です」。そう謙遜しつつ、池田は伊豆エリアの新しい可能性を見つけかけている。観光や高齢者の移住といった従来型の集客だけではなく、リモートワーカーの短期在住など、この時代にふさわしい提案はできないか。人をプロデュースする力は、やがてエリアをプロデュースする力へと結実していくのかもしれない。

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