東急

AkaneKuya

再開発に、ぬくもりを。

久家 あかね都市創造本部 開発事業部 建築技術部 兼 南町田開発部 技術員
2014年新卒入社 工学研究科 都市環境システムコース 修了
※所属・業務内容は取材当時のものです。

「再開発という言葉が嫌いでした」。
東急株式会社の社員にしては大胆なことを、5年目の久家はさらりと言う。その土地が積み重ねてきた歴史をつくり手の都合でリセットするような、そんな冷たいイメージがあったのだという。

けれど就活の時、事業を調べてこう思った。この会社の再開発は、沿線を中心に行われている。そこを線路が通っているかぎり、向き合いつづけていく地域だ。そんな再開発が、冷たいものであるはずがない、と。

10か月の新人研修を終えた久家が、配属されたのは南町田のプロジェクト。駅前にあるショッピングモールと公園をひとつなぎにして、あらゆる世代に居心地のいい場所を生み出す、行政と一体の街づくりだ。ただつなげるだけではなく、たとえばショッピングモールは建て直され、テナント数は倍になる。
「駅前で、ここまでの再開発はしばらくないかもしれない」。
そのスケールに新人ながら燃えていた久家。しかし、現実は甘くない。待っていたのは、住民からの反対だった。

もともと、ショッピングモールと公園の間は道路に隔てられていた。それをなくして一体にするのが、プロジェクトの核心部分。だが、使い慣れた道がなくなる不安を強く訴える人もいる。住民と向き合い、粘り強く協議を重ねる一方で、久家は先輩のもとへ走った。
「道路を残す方法は、本当にないんですか」。
その決定に至るまでに数えきれない議論を重ね、さまざまな設計図が検証されたことは知っている。けれど、あれほど嫌っていた「リセットする側」に、自分がなってしまったようで不安だった。

その不安を晴らしてくれたのもまた、住民の言葉だ。
「どうしてここまで言うのか、わかっていますか。あなたたちが、私が南町田に住むきっかけをつくってくれた東急だからです」。
そうなのだ。南町田は、約40年前に東急株式会社が拓いた街。その街づくりに魅せられて移住した人が、今もたくさん暮らしている。東急株式会社の街づくりの確かさを知っているからこそ、リクエストも多くなる。
「この再開発を、次の世代へ南町田を受け継ぐきっかけにしよう」。
自分たちの移住当時を思い出したのだろうか。いつしか住民の間から、そんな声が上がるようになった。

ある日、先輩が言った。
「『ここは自分がつくった』と、久家が実感できるところがあったほうがいいな」。
任されたのは、駅と施設をつなぐ陸橋。久家にとっては畑違いの土木分野だが、懸命に打ち込んだ。たくさんの人が、わくわくしながら渡っていく景色を夢見ながら。そしてその時、反対派だった住民の方々も、笑顔でそこに加わっていてほしいと思う。

南町田グランベリーパーク。2019年秋、まちびらき。その後、できればそこに留まって、運営をやってみたいと久家は考えている。竣工して終わりではない。そこに集う人々の表情に、声に、久家の仕事のゴールはある。見届けたい。叶うかどうかは別にして、こういう希望を口にする社員が、けっこう多い。

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