東急

YukiTaguchi

変革期を迎えた小売業。
その先頭を走りたい。

田口 裕基リテール事業部 リテール戦略グループ 総括担当
2016年新卒入社 商学部 卒
※所属・業務内容は取材当時のものです。

駅員、ホテルマン、スーパーマーケットの店員。

これは田口の「転職歴」だ。もちろん本当に職を変えたわけではなく、東急株式会社の研修として。中には、田口が自分から「やらせてほしい」と頼み込んだものもある。たとえば、スーパーマーケット=東急ストアでの仕事。経営企画として東急ストアを担当することになったのだが、「現場も知らずに戦略は練れない」と田口は考えた。そこで上司に頼み込み、2か月にわたって店頭に立ったのだ。制服に着替えて、野菜のピッキングに勤しむ日々。この経験が「共通言語」となり、現場とのコミュニケーションがスムーズに進むようになった。

「やってみたい」と声を上げる。すると「やってみろ」と返ってくる。そんな環境だからこそできた経験。その環境が次に田口に運んできたのは、思いがけない大役だった。

2019年9月。中国・重慶で、ある国際会議が開かれることになった。「アジア太平洋小売業者大会」。文字通り、アジア19の国と地域から小売業者の団体が一堂に会する。その大舞台でプレゼンテーションを行う1人が、ほかでもない東急株式会社会長の野本だった。日本小売業協会の会長でもあるだけに、プレゼンテーションのテーマは大きい。日本というマーケットについてのカントリーレポートだ。

そのプレゼン資料が事務局から田口のもとに届いた。チェックのために一読して田口は首をかしげた。なんだかわかりにくい。
「どうだった?」
上司から尋ねられて、田口はつい本音を口にした。
「イマイチです」
「そうか。じゃあ、田口が作り直したら」
「え」
8月の初めだった。大会までちょうど1か月。15分間に及ぶプレゼンの原稿とスライドを、しかも、日の丸が刻印され、アジアの有力者を前に披露するものを仕上げるには時間が足りない。そう思いつつ、田口の心は決まっていた。「やります!」。こんな機会、逃すわけにはいかない。

日本の流通業界の現在地を正確に捉えた上で、これからの展望を指し示す。プレゼンに求められる視座は極めて高かった。正確性や公平性、客観性も最高レベルでなければならない。おまけに英語だ。実際に手をつけてみて、田口は自分の経験の浅さを痛感した。どんなデータを集めるか。そのデータからどんな結論を導き、どうやって伝えるか。そのすべてが手探り状態。上司を始めとするまわりの社員に助けられながら、少しずつ前進していく。さらに田口は、スライド制作に自分からルールをつくった。「主役は会長の言葉。スライドはあくまで、それをわかりやすく補完するためのもの」。だからこそ、文字情報にできるだけ頼らず、視覚的にわかりやすく仕上げたい。この方針がさらに難易度を上げた。

ただ、苦労ばかりではなかった。山ほどの資料を読み解くうちに、田口は自分の中に新しい視点ができるのを感じた。「日本の人口って、こんなに減っちゃうのか」。たとえばそんな未来予想図から、日本の小売業界が置かれた逆境を改めて実感し、生き残りのためのシミュレーションを描いてみる。現場に飛び込んでの経験はこれまでも積極的に重ねてきたが、それに加えて、俯瞰して物事を見られるようになってきたのだ。

プレゼンの資料が完成したのは大会のわずか3日前。渾身のスライドは、ほぼ一発OK。そのスライドを携えて、田口自身も重慶へ飛んだ。数百名の聴衆が会長のプレゼンに聞き入り、大きな拍手が起きる。スライドの操作者として居合わせたその光景を、田口は手に取るように思い出せる。

田口はいま、百貨店業界=東急百貨店の担当となり、「食」や「コスメ」など百貨店の強みを活かした専門店業態の強化に力を入れている。さまざまなブランドの製品を買い回れる「セルフコスメストア」の新業態、「ShinQs ビューティー パレット」もそのひとつだ。「百貨店業界は厳しい状況に立たされているが、東急百貨店は沿線価値の向上に必須の機能。やるからには東急百貨店を日本一元気な百貨店にしたい」と、田口は意気込む。市場環境が激変する中、日本のあらゆる小売業が変革を迫られているといっても過言ではない。東急株式会社も、決定スピードをますます上げながら挑戦を重ねることになる。田口が新たに獲得した「市場を俯瞰できる力」はきっと、その挑戦を力強く支えていくはずだ。

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